- 2024年の総治療周期数は550,265周期と前年より約1万1千周期減少。一方で総出生児数は86,473人となり、2年連続で過去最多を更新しました。
- 移植あたりの妊娠率は41.4%と3年連続で上昇。ただし、この2〜3年で成績を一気に押し上げるような技術革新は起きていません。
- 私は、保険適用によって治療を受ける方の年齢層が若くなったことが主な要因だと考えています。30歳の治療周期数は保険適用前の約1.38倍に増えています。
- 注視すべき変化は多胎率の上昇(4.15%)です。単一胚移植率がわずかに低下しており、保険の回数制限との関係を考える必要があります。
1. 2024年の体外受精データが意味するもの
保険適用から3年目にあたる2024年のデータで、まず目を引いたのは次の動きです。
- 総治療周期数 561,664周期(2023年)➔ 550,265周期(2024年)
- 総出生児数 85,048人(2023年)➔ 86,473人(2024年)
治療の周期は減ったのに、生まれた赤ちゃんは増えている。保険適用以降、治療周期数も出生児数もそろって増え続けてきましたので、周期数が減少に転じたのは今回が初めてです。
この3年間、体外受精をめぐる環境がどう動いてきたのかを整理したうえで、「変わったこと」「変わらなかったこと」「最も注視すべき変化」の順に見ていきます。
2. 2022年〜2024年のARTデータ:客観的な数値比較
まずは主要な指標を3年分、並べて確認します。

妊娠率は、全体でも凍結融解胚移植でも新鮮胚移植でも、3年連続で上昇しています。累積の出生児数も1,089,822人に達しました。数字だけを見れば、順調に成績が伸びているように読めます。
ただ、私はこの「成績が伸びた」という読み方だけでは説明が足りないと感じています。
3. 2024年データで見えてきた『変わったこと』:治療集団の若年化
昨年の記事では、『変わったこと』としてPPOS法をはじめとする排卵誘発法のシフトを取り上げました。2024年のデータで私がより重要だと考えているのは、治療を受けている方そのものの年齢構成の変化です。
1回あたりの成績が、2〜3年で急に動くとは考えにくい
移植あたりの妊娠率が36.1%から41.4%へ上がっているのですから、「技術が進歩したから」という説明がいちばん分かりやすいように思えます。
ただ、ここは正直にお伝えしたいところです。この2〜3年のあいだに、培養や胚移植の分野で成績を一気に押し上げるような革新的な変化が起きたという実感は、現場にはありません。培養液の改良、培養環境の安定化、胚の評価方法の精緻化といった工夫は日々積み重ねていますが、それは数年で妊娠率を5ポイント動かすような性質のものではないと考えています。
だとすれば、別の要因を探す必要があります。
年齢別に見ると、若い年齢層の治療周期が明らかに増えている
保険適用前、体外受精は1回あたり数十万円の自己負担が必要でした。そのため「費用が大きいので、できるだけタイミング法や人工授精で粘ってから」という選択をされる患者様が少なくありませんでした。不妊治療の保険適用は、この判断を大きく変えたはずです。早い段階で体外受精にステップアップするという選択を、以前よりずっと取りやすくなりました。
では実際に、治療を受ける方の年齢層は変わったのか。年齢別の総治療周期数を、保険適用前の2021年から2024年まで並べてみました。

治療周期数がもっとも多い年齢層は、2024年も39〜42歳です。ここは変わりません。しかしグラフの左側、つまり若い年齢層が、年を追うごとに持ち上がってきているのが分かります。この部分を拡大したのが次のグラフです。

若い年齢ほど増加率が大きいという傾向が、きれいに出ています。一方で高年齢側は逆の動きをしており、43歳の治療周期数は2023年の27,193周期から2024年は24,872周期へと減少しました。
保険適用の前後で、治療を受ける方の年齢構成そのものが変わってきている。これが今回のデータの核心だと、私は考えています。
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若い方は妊娠して「治療集団」から抜けていく
ここからが、今回のデータを読むうえでもっとも大事な部分です。
2024年のデータでは、移植あたりの妊娠率は30歳で約53%、35歳で約48%、40歳で約35%、43歳で約21%です。年齢によってこれだけ違う。この前提に立つと、次のようなことが起こります。
- 若くして治療を始めた方は、比較的早い段階で妊娠に至り、治療を終えて「その年に治療を受けている集団」から抜けていく。
- 一方、年齢が高い方は1回の移植で結果が出にくいため、翌年も治療を続けることになり、集団の中に残り続ける。
この2つが同時に起きると、統計としては少し不思議な形になります。若い方が新しく流入することで出生児数は押し上げられる。けれども、その方々は早く妊娠して抜けていくので、治療周期数としては積み上がらない。結果として、周期数は減り、出生児数は増える——という形になるわけです。
さらに、集団全体に占める若い方の割合が増えれば、「移植あたりの妊娠率」という平均値そのものも自然に押し上げられます。1回あたりの技術が劇的に向上したからではなく、治療を受けている方の構成が変わったことで平均値が上がった。私はそう読んでいます。
①保険適用による早期ステップアップで、治療集団が若年化した。
②若い方は早く妊娠して集団から抜け、高年齢の方は治療を続けて残る。
この2つが重なることで、「治療周期数は減り、妊娠率の平均値は上がり、出生児数は増える」という2024年の形が説明できる、と考えています。
ただし、これは現時点での私の考察です
ここまで述べてきたことは、あくまで私の考察です。
日産婦のデータは、年齢別の治療周期数や年齢別の妊娠率を公表しています。しかし「同じ方が何年にわたって治療を続けたか」という個人単位の追跡データは公表されていません。そのため「若い方が早く妊娠して集団から抜けている」という部分は、公表データから直接証明されたものではなく、年齢別の周期数の動きと年齢別妊娠率から組み立てた仮説にとどまります。
今後データが積み上がるなかで検証されていくものと考えていますが、2〜3年で革新的なことが起きていない以上、現時点でもっとも素直な説明はこれではないか、というのが私の見方です。
4. 2024年も『変わらなかったこと』:医学的な本質
「年齢の壁」の形は、今年も変わらない
昨年の記事でも申し上げましたが、年齢による妊娠率・流産率のグラフの形は、年度が変わってもほとんど動きません。2024年も同じでした。
| 年齢 | 移植あたりの妊娠率(2024年) |
| 26歳 | 55.6% |
| 30歳 | 53.4% |
| 35歳 | 47.6% |
| 40歳 | 35.2% |
| 43歳 | 20.8% |
表3:年齢別の移植あたり妊娠率(データ出典:日本産科婦人科学会「2024年 ARTデータブック」)
流産率も同様で、26歳で約17.6%、40歳で約34.5%、43歳で約46.6%です。40〜41歳のあたりで妊娠率と流産率のグラフが交差する——この形も、昨年とまったく同じでした。
ここは強調しておきたい点です。全体の平均値である「41.4%」という数字は、治療を受ける方の年齢構成が変われば動きます。しかし、ご自身の年齢における妊娠率は、この3年でほとんど変わっていません。平均値の上下に一喜一憂するより、ご自身の年齢の数字を見ていただくほうが、現実的な見通しを立てるうえで役に立ちます。
凍結融解胚移植(FET)の優位性も変わらない
2024年の妊娠率は、凍結融解胚移植で42.6%、新鮮胚移植で24.5%でした。約1.7倍の差があります。この差は3年間まったく縮まっていません。
累積の出生児数1,089,822人のうち、807,359人が凍結胚由来です。全胚凍結を前提とした治療設計が標準的になっている現状は、2024年も変わりませんでした。
5. 2024年データで最も注視すべき変化:多胎率の上昇
昨年の記事で、私は多胎妊娠(双胎)の増加を「最も注視すべき変化」として挙げました。2024年も、この傾向は続いています。

- 多胎率 3.04%(2022年)➔ 3.77%(2023年)➔ 4.15%(2024年)
- 多胎妊娠数 2024年は4,857件
2022年と比べると、約1.4倍です。
多胎妊娠は、単胎妊娠と比べて早産、低出生体重、妊娠高血圧症候群などのリスクが高くなります。このことは、妊娠はできても元気な赤ちゃんと抱ける確率が下がることを意味しています。妊娠が成立すればそれで安心、というわけではありません。お母さんと赤ちゃんの安全という観点からは、単胎妊娠が望ましいというのが生殖医療の共通認識です。
背景として見ておきたいのが、単一胚移植率の推移です。凍結融解胚移植における単一胚移植率は、2023年の84.7%から2024年は83.8%へとわずかに低下しました。裏を返せば、2個以上の胚を移植する割合が増えたということです。
保険適用には回数制限があります。『限られた回数のなかで何とか結果を出したい』、そう考えたときに、2個胚移植という選択が視野に入ってくる。この構図は、昨年指摘したときから変わっていないどころか、むしろ定着しつつあるように見えます。
治療集団が若年化しているのであれば、本来、単一胚移植でも十分に結果が出せる方が増えているはずです。それでも多胎率が上がっているという事実は、『回数制限という制度設計そのものを、そろそろ見直す時期に来ている』ことを示しているのではないでしょうか。
6. まとめ:さっぽろARTクリニックn24の治療方針として
2024年のデータから私が読み取ったことを、改めて整理します。
- 総治療周期数は550,265周期と初めて減少に転じた一方、総出生児数は86,473人と過去最多を更新した。
- 移植あたりの妊娠率は41.4%まで上昇したが、技術革新によるものというより、保険適用を背景とした治療集団の若年化が平均値を押し上げた可能性が高い(30歳の治療周期数は2021年の約1.38倍、一方43歳は減少)。
- 年齢別の妊娠率・流産率、そして凍結融解胚移植の優位性という医学的な本質は、3年間まったく変わっていない。
- 多胎率は4.15%まで上昇。単一胚移植率の低下と保険の回数制限は、無関係ではないと考えている。
当院では、年齢や胚の状態を踏まえたうえで、原則として単一胚移植を基本としています。移植する胚の数については、妊娠の可能性と多胎のリスクの両方をご説明したうえで、おひとりずつご相談して決めています。「早く結果を出したい」というお気持ちは痛いほど分かりますが、お母さんと赤ちゃんの安全を最優先に考えたいと思っています。
そして、今回のデータがもし「若いうちに治療を始めた方が増えた」ことの表れであるならば、それ自体は望ましい変化です。年齢は妊娠率にも流産率にも強く影響します。治療を始めるタイミングを1年早めることの意味は、年齢が上がるほど大きくなります。
「まだ早いのではないか」と迷っておられる方には、まず検査を受けて現在の状態を知るところから始めていただくことをおすすめしています。検査の結果によって、タイミング法から順に進めるのが適切な場合もあれば、早めに体外受精を検討したほうがよい場合もあります。それはお一人ずつ違います。
当院としても、これからも公表される最新データを細かく分析し、患者様お一人おひとりにとって最も身体に負担が少なく、かつ成果につながる安全な治療方針を模索し続けてまいります。札幌で不妊治療をお考えの方は、どうぞお気軽にご相談ください。
参考情報
- 日本産科婦人科学会「2024年 ARTデータブック」(2026年9月3日公表)
- 日本産科婦人科学会「ARTデータブック」2021年・2022年・2023年
- 厚生労働省「不妊治療に関する支援について」
- 当院コラム:【専門医解説】2023年 日本の体外受精データ|2022年との比較と現状
【当院診療案内】
監修: さっぽろARTクリニックn24 院長 藤本 尚
TEL:011-792-6691
月〜土:午前9:00〜12:00(土曜日は13:00まで)
月・水・金:午後15:00〜18:30










こんにちは。さっぽろARTクリニックn24院長の藤本です。
2026年9月、日本産科婦人科学会(以下、日産婦)から2024年の体外受精(ART)データが公表されました。
2022年4月に体外受精が保険適用となってから、3年分のデータが出そろったことになります。昨年は2023年のデータを2022年と比較して解説いたしましたが、今回の2024年データには、これまでとは少し性質の違う変化が表れていました。
総治療周期数は前年より減っているのに、生まれた赤ちゃんの人数は前年より増えている。この一見矛盾するような数字について、私がどう読んでいるかをお伝えします。