
1. なぜ不妊治療と仕事の両立は「難しい」と感じるのか?
不妊治療と仕事の両立に悩む背景には、具体的にどのような理由があるのでしょうか。同調査で「両立ができなかった理由」を尋ねたところ、以下のような回答が上位を占めました。

グラフからも分かる通り、約半数の方が「仕事の日程調整の難しさ(49.3%)」を挙げており、次いで「精神面での負担(44.8%)」「体調・体力面での負担(40.3%)」と続いています。
なぜこれほどまでに負担が重なってしまうのか、主な3つの構造的要因を詳しく見ていきましょう。
スケジュールの予測が立てにくい(突然の通院)
不妊治療、特に体外受精(ART)のスケジュールは、患者様の「卵胞(卵子の入った袋)の育ち具合」や「ホルモン値」によって決定されます。これらは月経周期に合わせて刻一刻と変化するため、「予定通りに育っていないから明日もう一度来てください」「予想より早いので明後日に採卵しましょう」といった急なスケジュール変更が日常茶飯事です。仕事の会議やシフトと重なってしまい、職場に急な休みや遅刻を申し出なければならないことが、大きな心理的ストレスとなります。
治療による体調不良やメンタルの波
排卵誘発剤やホルモン剤を使用すると、個人差はありますが、強い眠気、頭痛、吐き気、だるさなどの副作用が出ることがあります。また、ホルモンバランスの変動により、イライラしたり気分が落ち込んだりしやすくなります。体調が優れない中で通常通りに仕事をこなし、周囲に悟られないように振る舞うことは、心身ともに大変なエネルギーを消費します。
職場への言い出しづらさ(プライバシーの壁)
不妊治療は極めてデリケートなプライバシーに関わる問題です。「上司が男性で言い出しにくい」「妊娠していずれ産休に入ると思われたら、重要な仕事を任されなくなるのではないか」「同僚に気を遣わせたくない」といった理由から、誰にも事情を話さずに有給休暇を使い果たし、孤立してしまう方が後を絶ちません。
2. 両立の壁を乗り越える!働き方を工夫する4つのヒント
では、この難しい状況を少しでも楽にし、働きながら治療を続けるにはどうすればよいのでしょうか。具体的な4つのヒントをご紹介します。
① 職場の「キーパーソン」を1人だけ見つける
職場全員に不妊治療をしていることを公表する必要は全くありません。しかし、直属の上司、あるいは信頼できる人事担当者など、「この人だけには事情を知っておいてもらう」というキーパーソンを1人作るだけで、急なスケジュールの調整が劇的にしやすくなります。
② 厚生労働省の「不妊治療連絡カード」を活用する
「上司に口頭でどう伝えたらいいか分からない」という方に強くおすすめしたいのが、厚生労働省が発行している「不妊治療連絡カード」の活用です。これは、医師が患者様の治療内容や、「月に〇日程度の通院が必要」「体調不良が起こり得る」といった事項を記入し、患者様から企業(人事や上司)へ提出するための公的なフォーマットです。
医師の署名が入った書面を使うことで、企業側も状況を客観的に把握しやすく、患者様ご自身も「個人的なワガママではなく、医療として必要な措置である」と堂々と配慮を求めることができます。(※当院でも記入が可能ですので、ご希望の方はお申し出ください)
③ 柔軟な働き方(テレワーク・フレックス・半休)をフル活用する
コロナ禍を経て、多くの企業でテレワークやフレックスタイム制が導入されました。「午前休を取って通院し、午後から出社する」「通院の待合室にいる時間はパソコンを開いてテレワーク扱いにする(※企業の規定によります)」など、会社の制度を徹底的に調べ、利用できるものはすべて活用しましょう。
④ 「通院のしやすさ」でクリニックを選ぶことも重要
高度な医療技術はもちろんですが、「職場の近く」や「通勤経路にある」、「夕方以降や土日も診療している」といった立地や診療時間の利便性も、仕事との両立においては極めて重要な要素です。通院の移動時間が減るだけで、仕事への影響は最小限に抑えられます。
3. 「仕事を辞めようかな…」と退職を迷ったときに考えてほしいこと
「これ以上、職場に迷惑をかけられない」「治療に専念した方が早く妊娠できる気がする」と思い詰め、退職の二文字が頭をよぎることもあるでしょう。
しかし、専門医としては、結論を急がず、まずは休職制度などを利用して「キャリアを手放さない方法」を模索していただきたいと考えています。
その理由は、不妊治療にはどうしてもある程度の経済力(費用)が必要になるため、退職による収入減が新たなストレスを生むリスクがあるからです。また、治療がうまくいかない時期に、仕事という「社会との繋がり」や「別のコミュニティ」があることが、結果としてメンタルを保つ命綱になるケースを数多く見てきました。
「治療に専念すれば必ず妊娠する」という医学的根拠はありません。まずはご自身のキャリアを大切にし、パートナーとよく話し合った上で、どうしても両立が限界だと感じた場合の最終手段として退職を検討してみてください。
4. 企業も社会も変わり始めている:知っておきたい公的支援
現在は、国も「不妊治療と仕事の両立」を重要課題として強く後押ししています。
2022年4月の不妊治療の保険適用化を皮切りに、厚生労働省は企業に対して、不妊治療のための休暇制度や両立支援制度を導入するよう働きかけています。「くるみんマーク(子育てサポート企業)」に加え、不妊治療と仕事の両立に積極的な企業を認定する「くるみんプラス」という制度も誕生しました。
ご自身の勤め先でも、まだ知られていないだけで「不妊治療休暇」や「両立支援制度」が整備されている可能性があります。一度、就業規則や社内イントラネットを確認してみてください。
5. まとめ:あなたのキャリアも、新しい命への希望も大切に
不妊治療と仕事の両立は、まさに「先の見えないマラソン」を走りながら、同時に「仕事の責任」という重いリュックを背負っているような状態です。本当によく頑張っていらっしゃいます。
一人で抱え込まず、パートナーや職場のキーパーソン、そして私たち医療スタッフを頼ってください。当院では、お仕事をされている患者様のスケジュール事情を可能な限り考慮し、治療計画をご提案するよう努めています。
あなたの築き上げてきたキャリアも、新しい命を授かりたいという希望も、どちらも同じくらい大切なものです。その両方を守り抜くために、私たちは専門医として、皆様の歩みを全力でサポートいたします。
専門的な情報・相談窓口リンク(外部サイト)
- 不妊治療と仕事との両立サポートハンドブックhttps://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001663161.pdf
- 厚生労働省 | 仕事と不妊治療の両立支援のためにhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30a.pdf
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14408.html - 札幌市:不妊・不育専門相談:https://www.city.sapporo.jp/eisei/funin/soudan.html
- 札幌市不妊専門相談センターの取り組み:https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-20180119/dl/after-service-20180119-06.pdf
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- 当院の体外受精(ART)の具体的な治療方針や費用、流れについてはこちら:
➔ さっぽろARTクリニックn24:体外受精について
監修: さっぽろARTクリニックn24 院長 藤本 尚










こんにちは、院長です。
当院には、お仕事をされながら不妊治療に通われている患者様が数多くいらっしゃいます。診察室でエコー検査を終えた後、「次は明後日の午前中に来てください」とお伝えした際、患者様が一瞬言葉を詰まらせ、手帳を見ながら申し訳なさそうに「……はい、なんとか仕事の都合をつけます」と仰る姿を見るたびに、医療者として胸が締め付けられる思いがします。
厚生労働省が実施した調査(※)によると、仕事と不妊治療を「両立している(していた)」方は約半数(55.3%)にとどまります。一方で、両立できずに「仕事を辞めた(10.9%)」「雇用形態を変えた(7.4%)」「不妊治療そのものをやめた(7.8%)」という方が合わせて約26%にのぼり、約4人に1人が仕事や治療において何らかの断念・変更を余儀なくされているのが現実です。
不妊治療と仕事の両立は、ご本人の努力不足ではなく、社会全体の課題です。今回は、両立がつらいと感じる理由と、キャリアを手放さずに働きながら治療を続けるためのヒント、そして活用できる公的制度について、専門医の視点からお話しさせていただきます。