1.なぜ不妊治療はメンタルがつらくなりやすいのか?
「私の心が弱いから、こんなに落ち込んでしまうのだろうか」と自分を責める必要はまったくありません。不妊治療というプロセスそのものが、人間の心理にとって非常に大きな負荷をかける構造になっているからです。
実際に、国立成育医療研究センターが行った調査(※)でも、不妊治療中の多くの女性がさまざまなストレス要因を抱えながら治療に向き合っていることが分かっています。

※参照:国立成育医療研究センター「高度不妊治療を受ける女性のストレス要因」2023年
グラフからも分かるように、約3割の方が「終わりの見えない治療」に悩み、次いで「ひとりで抱え込み苦しむ(孤独感)」ことに強いストレスを感じています。
では、なぜこうしたメンタルの不調や孤立感が生まれやすいのか、その主な原因をもう少し詳しく整理してみましょう。
ゴールの見えない不安と「コントロールできない」焦り
仕事や勉強であれば、努力の量や時間に比例して成果が出やすいものです。しかし、不妊治療においては、どんなに正しい治療を行い、健康的な生活を送って努力を重ねても、100%の結果(妊娠)を確約することができません。この「自分で結果をコントロールできない」という状況が、人間に強い無力感と焦りをもたらします。また、いつまで続くか分からないという「ゴールの見えなさ」が、精神的なスタミナを少しずつ削っていくのです。
周囲の悪気のない言葉やSNSによるストレス
親戚からの「子供はまだ?」という悪気のない一言や、職場の同僚の妊娠報告、さらにはSNSを開いたときに飛び込んでくる幸せそうなファミリーの投稿など、日常のあらゆる場面に心のトゲとなるトリガー(きっかけ)が潜んでいます。これらによって周囲と自分を比較してしまい、「どうして自分だけが」という孤独感が深まりやすくなります。
治療に起因するホルモンバランスの変化
メンタルの不調は心の問題だけではなく、医療的なアプローチによる影響もあります。例えば、排卵誘発剤やホルモン剤などの薬剤を使用するステップでは、体内のホルモン環境がダイナミックに変化します。これは女性の月経前症候群(PMS)や産後のマタニティブルーと同様に、自律神経や脳の感情を司る部分にダイレクトに影響を与えるため、自分の意思とは関係なく涙が出やすくなったり、イライラしたり、気分の落ち込みが激しくなったりするのです。

2. つらい気持ちを和らげる「5つのストレス対処法」
心が限界を迎えてしまう前に、日常生活に取り入れていただきたい具体的なメンタルケアのアプローチをご紹介します。すべてを完璧に行う必要はありません。「これならできそう」と思えるものを、お守り代わりに持っておいてください。
① 感情を我慢せず「紙に書き出す」
ネガティブな感情を心の中に閉じ込めておくと、脳の中で不安が何度もぐるぐるとループしてしまいます。怒り、悲しみ、妬み、不安など、誰にも見せないノートを一冊用意して、心の中の言葉をそのままペンで書き殴ってみてください(エクスプレッシブ・ライティングと呼ばれる心理療法の一つです)。感情を視覚化して脳の外に出すだけで、不思議と頭が整理され、客観的に自分を見つめ直す余裕が生まれます。
② 情報を遮断する「デジタルデトックス」の時間を設ける
妊活に関する体験談ブログやSNSの検索は、時に有益な情報をもたらしますが、多くの場合、過剰な不安や他者との比較を生む原因になります。特に、月経が始まった直後や高温期の後半など、メンタルが過敏になっている時期は、スマートフォンから妊活関連のアプリを一時的に非表示にしたり、夜間はSNSを見ないルールを作ったりして、意識的に「情報のノイズ」をシャットアウトしてください。
③ 日常の中に「治療を忘れる聖域」を作る
生活のすべてが「妊活中心」になってしまうと、心に遊びがなくなってしまいます。「この曜日のこの時間は、絶対に治療のことを考えないで趣味に没頭する」「クリニックの帰り道には、必ずお気に入りのお店で好きなスイーツを食べる」といったように、治療とは完全に切り離された楽しい時間(聖域)を意識的にスケジュールに組み込んでください。
④ パートナーとの会話で「主語を『私たち』にする」
「夫が協力的でないように見える」「自分ばかりが痛い思いや大変な思いをしている」という不満は、多くの女性が抱く感情です。これを解決するために、「あなたはどうして〇〇してくれないの?」という伝え方(Youメッセージ)ではなく、「私は今こういう理由で不安だから、私たちでこのステップについて一度話し合いたいな」という伝え方(Weメッセージ)を試してみてください。主語を「私たち」にすることで、敵対する関係ではなく、同じ課題に立ち向かうチームとしての意識が芽生えやすくなります。
⑤ 「今日も病院へ行った、薬を飲んだ」それだけで自分を満点にする
不妊治療を行っている方は、非常に責任感が強く、真面目な方が多い印象を受けます。「あれを食べたらダメだったのではないか」「あのときストレスを感じたからうまくいかなかったのではないか」と、自分を減点方式で採点しないでください。今、この難しい治療に向き合い、一歩を踏み出していること自体が信じられないほど素晴らしいことです。今日もクリニックへ足を運んだ、あるいはサプリメントを飲んだ、その事実だけで自分自身に満点を出してあげてください。
3. パートナー(夫)へ知っておいてほしい、正しい寄り添い方
不妊治療におけるメンタルケアでは、パートナーの理解と関わり方が最大の鍵となります。もしこのコラムをご夫婦で読まれているのであれば、ぜひ男性側にも知っておいていただきたい大切なポイントがあります。
それは、「妻のつらい気持ちに対して、論理的な解決策(アドバイス)は不要である」ということです。
男性は問題に直面したとき、「どうすれば解決できるか」というロジックで考えがちですが、女性が治療のつらさを吐露しているときに求めているのは、解決策ではなく「共感と受容」です。
「それはつらかったね」「いつも頑張ってくれてありがとう」「一緒に頑張ろうね」という言葉をかけ、ただ静かに話を聴くこと。そして、通院のスケジュールを把握し、他人事ではなく「自分たちの治療」として主体的に関わる姿勢を見せること。その安心感こそが、女性のメンタルを支える最強のクッションになります。
4. 専門家やカウンセリングという選択肢を味方につける
どれだけストレス対処法を試しても、涙が止まらなかったり、眠れない日々が続いたり、日常生活に支障が出るほどの強い不安を感じる場合は、決して一人で抱え込まず、プロフェッショナルの手を借りてください。
現代の生殖医療では、心のケアも重要な治療の一環として位置づけられています。当院をはじめ、多くの専門クリニックでは、不妊症に精通した看護師や、臨床心理士・不妊治療カウンセラーによる「不妊カウンセリング」の機会が設けられている施設もあります。
治療の利害関係から少し離れた立場にある誰かに、胸の内をすべて吐き出すことで、驚くほど心が軽くなり、これからの治療方針への視界がクリアになる患者様を、私は何度も目にしてきました。「こんなことで相談していいのだろうか」と思わず、心のSOSを感じたら気軽にスタッフへお声がけください。

5. まとめ:張り詰めた糸を、ときには少し緩めながら
不妊治療は、人生の中でも特に心身のエネルギーを大きく消費するライフイベントの一つです。目標に向かって真っ直ぐに進むことは素敵ですが、ピンと張り詰めた糸は、強い力が加わると切れてしまうことがあります。時には少し糸を緩め、深呼吸をしながら、ご自身の心を最優先に労わってあげてください。
当院としても、最新の確かな医療技術をご提供することはもちろんのこと、皆様が少しでも張り詰めた気持ちを和らげ、安心して治療のステップを進んでいけるよう、チーム一丸となって心と体の双方から誠実にサポートしてまいります。診察室で不安なことがあれば、いつでもどのような小さなことでもお話ししてくださいね。
専門的な情報・相談窓口リンク(外部サイト)
- 札幌市:不妊・不育専門相談:https://www.city.sapporo.jp/eisei/funin/soudan.html
- 札幌市不妊専門相談センターの取り組み:https://www.mhlw.go.jp/iken/after-service-20180119/dl/after-service-20180119-06.pdf
- 不妊専門相談事業推進のための手引き:https://sukoyaka21.cfa.go.jp/media/tools/s01_huni_tebi014.pdf
- 国立成育医療研究センター「高度不妊治療を受ける女性のストレス要因」2023年:https://www.ncchd.go.jp/press/2023/1005.pdf
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➔ さっぽろARTクリニックn24:体外受精について
監修: さっぽろARTクリニックn24 院長 藤本 尚










こんにちは、さっぽろARTクリニックn24の院長・藤本です。
当院の診察室でお話を伺っていると、治療の技術的な質問と同じくらい、あるいはそれ以上に多くの患者様が「心のつらさ」を打ち明けてくださいます。
「友達の妊娠報告を素直に喜べない自分が嫌になる」 「毎月のリセットのたびに、暗い穴の底に落ちたような気持ちになる」 「妊活のことを考えない日がないくらい、常にストレスを感じている」
こうしたつらい気持ちを抱えながら、誰にも言えずに一人で耐えている方は決して少なくありません。不妊治療は「心と体の両方で行う医療」です。本日は、不妊治療に伴うメンタルの負担が生じるメカニズムと、日々の生活の中で少しでも気持ちを楽にするためのストレス対処法について、専門医の視点からお話しさせていただきます。