1. 妊娠率・流産率を左右する「一番大きな理由」は染色体異常
「なかなか着床しない」「せっかく妊娠できたのに流産してしまった」という経験は、言葉にできないほど深く心を痛めるものです。「自分のからだに原因があるのではないか」「あのときの行動がいけなかったのだろうか」と自分を責めてしまう方も少なくありません。
しかし、医学的な事実として知っておいていただきたいのは、初期の流産や着床不全のほとんどは、お母さんやお父さんの日々の行動が原因ではなく、「受精卵の染色体異常」によって起こるということです。
そして、この「受精卵の染色体異常の発生率」が、女性の年齢とともに高くなっていくことこそが、年齢が上がると妊娠率が下がり、流産率が上がることにつながる一番大きな理由なのです。
不妊治療において年齢を意識しなければならないのは、単に「時間が経つから」ではなく、この「染色体異常の発生確率という生物学的な変化」が深く関係しているからです。
2. 卵子のエイジング(老化)と染色体がうまく分かれない仕組み
では、なぜ年齢を重ねると受精卵に染色体異常が起きやすくなるのでしょうか。その鍵を握るのが、卵子の「細胞分裂」の仕組みです。
卵子の歴史は、あなたの年齢と同じ
女性の卵子は、ご自身が母親のお腹の中にいる(胎児の)ときにすべて作られ、生まれてからは新しく作られることはありません。卵巣の中でずっと眠り続けており、毎月の排卵に向けて順番に目覚めていきます。 つまり、35歳の方が今月排卵する卵子は、35年間体の中で大切に保管されてきた卵子であり、あなたと同じだけ年齢を重ねて(エイジングして)います。
「染色体の不分離」が起こる理由
人間の細胞には、通常46本(23対)の染色体があります。卵子が新しく受精卵になるための準備(減数分裂)をするとき、この染色体は綺麗に半分(23本)に分かれなければなりません。
しかし、卵子が出生から長い年月を経てエイジングを重ねると、染色体を引っ張って均等に分けるための「紡錘糸(ぼうすいし)」という繊維の力が弱まったり、接着のバランスが崩れたりしやすくなります。 その結果、本来は1本ずつ分かれるはずの染色体がくっついたまま片方の細胞に行ってしまう、という現象が起きます。これを医学用語で「染色体の不分離(ふぶんり)」と呼びます。
この状態で精子(23本)と受精すると、ある特定の染色体が3本になってしまったり(トリソミー)、1本しかなくなってしまったり(モノソミー)して、数が「46本」ではなくなってしまいます。これが、受精卵の染色体異常が生まれるメカニズムです。
3. データで見る:年齢別の染色体異常とダウン症を代表とする出生頻度
この染色体の不分離は、年齢とともにどのくらいの確率で起こるのでしょうか。公的な医療機関や学会のデータをもとに、そのリアルな数字をご紹介します。
受精卵(胚)の段階での異常率
体外受精で得られた受精卵を詳しく調べた国内外の研究データ(厚生労働省の検討会資料など)によると、受精卵が細胞分裂を進めて「胚盤胞(はいばんほう)」まで育った時点での染色体異常の割合は、年齢によって以下のように推移します。
- 30〜34歳: 約40〜50%
- 35〜39歳: 約55〜60%(約半数の受精卵に変化が見られます)
- 40〜42歳: 約70〜80%
- 43歳以上: 85%以上
40代を迎えると、見た目には非常に綺麗でグレードの良い受精卵であっても、遺伝子や染色体のレベルで見ると、約7〜8割以上に何らかの数の過不足が生じているというのが、現代の生殖医学が明らかにした現実です。

年齢別に見たダウン症を含む染色体疾患の出生頻度
多くの染色体異常を持つ受精卵は、子宮に着床できなかったり、着床してもごく初期の段階で発育を止め、流産という形をたどります。 しかし、一部の強い染色体異常(21番、18番、13番のトリソミーなど)の受精卵は、出産までたどり着くこことができます(それでも1%程度)。その代表的なものが「ダウン症候群(21トリソミー)」です。
日本医学会の出生前検査等認証総合情報サイトのデータによると、お母さんの年齢別のダウン症候群の児が出生する頻度は以下の通りです。
- 25歳: 1,250人に1人
- 35歳: 385人に1人
- 40歳: 106人に1人
- 45歳: 30人に1人
このように、受精卵の段階でも、無事に出産を迎える段階でも、年齢と染色体異常の発生率の間には非常に密接な関係があることが分かります。

4. 染色体異常による初期流産は「誰のせいでもない」という事実
ここで私から、この記事を読んでいるみなさまへ一番強くお伝えしたいメッセージがあります。
それは、「染色体異常によって起こる流産や着床不全は、100%自然の摂理であり、ご夫婦のどちらのせいでもない」ということです。
「仕事で無理をしてしまったから」「冷たいものを飲んだから」「ストレスのせいかも」と、ご自身を責める必要は全くありません。 染色体の不分離は、卵子や受精卵が命を育もうとする過程で、どうしても一定の確率で起こってしまう偶発的な現象です。流産という悲しい結果は、その受精卵が元々持っていた生命の設計図の壁によるものであり、あなたが何かを間違えたからではないのです。
5. 不妊治療は「階段上り」?―年齢とAMHで決まる、あなたの最適ステップ
年齢とともに染色体異常の確率が上がることは、避けられない自然の事実です。しかし現代の生殖医療は、ただ手をこまねいているわけではありません。大切なのは、「今のお二人の状況に合ったペースで、後悔のない選択をすること」です。
私はよく、患者さんに次のようなお話をしています。
不妊治療のステップアップは、階段を上ることに似ています。
タイミング法から始まり、人工授精、体外受精、顕微授精…と、段階を踏みながら上っていく。本来なら、ゆっくりと一段一段、確かめながら上りたいですよね。
しかし、その人の状況によっては、駆け足で登ったり、一段飛ばしで走って登っていかないと、あんまりゆっくり上っていると、ゴールにたどり着けなくなるかもしれない…と。
ゆっくり上っているうちに時間が経ち、いざ確率の高い方法に挑もうとしたとき、年齢が上がってしまって、その確率も下がってしまっていた——そんな結果だけは避けたいのです。
「ゆっくり一段ずつ」でいいのか、「駆け足で一段飛ばし」で上るべきか。
その答えは、年齢とAMH(卵巣予備能)の2つで決まります。
①AMHと年齢で変わる治療ステップ――ゆっくりでいい?急ぐべき?
さっぽろARTクリニックn24では、お一人おひとりの年齢とAMHの値を丁寧に確認したうえで、最適な治療ステップとペースをご提案しています。
例えば、AMHが低い方や、35歳を過ぎている方であれば、タイミング法に長い時間をかけることなく、早期に体外受精へステップアップすることが「時間を味方につける」最善の選択になることがあります。
「まだ早いのでは」という気持ちはよく分かります。しかし、今持っている卵子は、今この瞬間が最も若い状態です。 1回1回の採卵・移植の質を少しでも高めるために、その人の状況に合わせた「上り方」を一緒に考えることが、私たちの役割だと思っています。
②35歳以上の方は、今後1〜2年の選択がとても大事
特に35歳以上の方は、ここからの1〜2年が、勝負どころです。
染色体異常率のデータが示すように、年齢による変化は30代後半から40代にかけて急加速します。そして保険適用の回数制限(40歳の壁・43歳のリミット)も、刻一刻と近づいてきます。
今この瞬間にどんな選択をするか—ゆっくり様子を見るのか、思い切ってステップアップするのか—その違いが、5年後のお二人と、その家族のかたちを大きく左右する可能性があります。
着床不全や繰り返す流産(不育症傾向)のある方には、子宮内環境の検査や不育症スクリーニング、さらには受精卵の染色体を事前に調べるPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)という選択肢についても、メリット・デメリットを含めて丁寧にご説明できる環境を整えています。
6. プレコンセプションケアで「卵子を育む健やかな土台」を整える
染色体そのものの数を外から変えることはできませんが、「今ある卵子が、ストレスなく健やかに育ち、ベストな状態で排卵を迎えられるような『健やかな土台』を整えること」は、今日からでも始められます。これが「プレコンセプションケア(妊娠前からのからだづくり)」です。
- 抗酸化作用のある栄養素の摂取: 卵子の細胞の酸化(老化)を悪化させる要因を一つずつ遠ざけていくために、コエンザイムQ10、ビタミンC・E、亜鉛、葉酸などのサプリメントを上手に取り入れる。
- 男性側のプレコンも必須: 受精卵のもう半分の設計図は精子です。男性側の精子も、酸化ストレス(喫煙、睡眠不足、サウナなどによる精巣の温度上昇)によってDNAが傷つくことが分かっています。ご夫婦ふたりでからだを整えることが、受精卵の健やかな発育を助ける大きな一歩になります。
7. 染色体異常と年齢に関するよくある質問(FAQ)
Q. 一度染色体異常による流産を経験したら、次も同じことが起きやすいですか?
A. 染色体の不分離は、基本的には「その時その時の受精卵でたまたま起こる偶発的な現象(一過性のもの)」です。そのため、一度経験されたからといって、次の妊娠でも必ず同じことが繰り返されるわけではありません。ご無理のない範囲で体力を回復させ、お二人で前を向いて次のステップへ進んでいくことが大切です。ただし、流産を何度も繰り返す(2回以上など)場合は、「不育症」などの別の要因がないかを詳しく調べる検査をおすすめすることがあります。
Q. 年齢が若ければ、受精卵の染色体異常は絶対に起きないのですか?
A. いいえ、そんなことはありません。20代や30代前半の若い方であっても、統計的に約2〜3割の受精卵には自然に染色体異常が発生します。若くても初期流産を経験される方が一定数いらっしゃるのはこのためです。年齢が上がるとその「発生する確率」が高くなっていくという変化であり、若いからゼロ、高齢だから100%ということではありません。どの年齢であっても、命が誕生するプロセスは非常に神秘的で、デリケートな奇跡の連続なのです。
おわりに:数字の現実に寄り添い、未来への近道を共に探す
今回は、不妊治療の成功率や流産率に年齢が直結する「一番大きな理由」として、染色体異常のメカニズムと現実のデータをお伝えしました。
少し難しい医学のお話や、流産・ダウン症候群といったシビアな数字を目にして、戸惑われた方もいるかもしれません。しかし、からだの仕組みを正しく知ることは、お二人にとって「本当に無駄のない、価値のある治療期間」を過ごすために必要不可欠なステップです。
「自分の年齢だと、これからどんな治療プランがベストだろう?」 「染色体異常のリスクをなるべく減らして、最短で赤ちゃんを抱きしめたい」
そんな想いをお持ちでしたら、一人で悩みを抱え込まずに、ぜひ私たちのクリニックへお越しください。さっぽろARTクリニックn24は、札幌の地で、ただ治療を行うだけの場所ではなく、お二人の心に寄り添い、共に歩むパートナーでありたいと願っています。
あなたの「これから」の時間を、最も輝かしく、実りあるものにするために。まずは小さな一歩として、現在のお二人のからだのバランスを確認することから始めてみませんか。
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参考情報
監修: さっぽろARTクリニックn24 院長 藤本 尚
最終更新: 2026年6月









前回のコラム『年齢で変わる不妊治療の成功率|データから紐解くタイムリミットと40歳・43歳の保険ルール』では、女性の年齢が上がるにつれて体外受精の妊娠率・出産率が低下し、逆に流産率が上がっていくというリアルな統計データをお伝えしました。
(※まだご覧になっていない方は、まず、こちらの記事『年齢で変わる不妊治療の成功率|データから紐解くタイムリミットと40歳・43歳の保険ルール』からお読みいただくと、今回の内容がより深く理解できます)
では、なぜ年齢が上がると、これほどまでに妊娠率が下がり、流産率が上がってしまうのでしょうか?
その原因の根底にある、「一番大きな理由」。それが、今回詳しくお話しする「受精卵(卵子)における染色体異常の発生率の上昇」です。
「染色体異常って、具体的にどういうこと?」 「年齢とともに、からだの中で何が起きているの?」 「もし染色体異常だったら、もう妊娠は望めないの?」
こうした疑問や、年齢を重ねるにつれて誰もが一度は胸によぎる「流産」や「ダウン症」への不安に対して、僕が専門医の視点から医学的な事実をわかりやすく、誠実にお答えします。