ここでは、2022年ARTデータにつき、重要となる資料につき解説したいと思います。公表されたデータを分析することで、いろいろなことが見えてきます。この資料は誰でも見ることが出来る資料です。下記に学会の公表した元データの原本資料のリンクを貼っておきます。
それでは、公表されたデータのうち大事なものいくつかについて解説してみたいと思います。また、そこから見えてくるものについても書いてみたいと思います。
図1. 年齢別 治療周期数
この図は、各年齢でどのくらいの人が治療を行っているかを見ているグラフになります。
各グラフが示す意味は図の中に書き込んでいます。治療をしているのは39歳~42歳が多いのが見てとれますが、妊娠周期数・生産周期数は35~36歳を境に減少していることが分かります。これは年齢が高くなるほど妊娠率が下がるため、治療周期数が増えても実際に妊娠出産に至る人が減ってしまうということを示しています。
図2. 年度別 治療周期数
ART治療は一貫して年々増加傾向でしたが、2016年頃からは治療周期数は頭打ちとなっています。しかし、2021年は2020年から5万周期も治療周期の増加がみられました。2021年は助成金制度の拡充があった年なので、それによって治療周期数の増加に至ったことが考えられます。また、2022年度からはARTの保険適用となりましたので、2022年では前年比でさらに50,000件程度の治療周期数増加に至っています。
”新鮮胚移植”と、”凍結融解胚移植”の治療周期数の比率は約50%で、やや新鮮胚移植のほうが治療周期数が多いというのが実態です。
図3. 年度別 出生児数
ARTでの出生児人数は年々増加傾向ですが、2008年頃からは急激に増加しています。さらに2022年は2021年から約7,500人近く出産が増加し77,206人が出生しています。もう少し詳しく見ていくと赤のバーと黄色のバーを合わせた”新鮮胚移植”での出生時数は横ばい~減少傾向が、青のバーが示す”凍結融解胚移植”での出生時数が年々増加しているのが見てとれます。グラフを見ると一目瞭然ですが、実際には出産にいたる治療の9割以上が”凍結融解胚移植”による妊娠出産という結果です。
図4. 2022年 年齢別 妊娠率・流産率
この図は年齢別の妊娠率と流産率を一つの図の中に示した図です。妊娠率は年齢が高くなるほど低下し、流産率は年齢が高くなるほど高くなることが一目でわかります。
図5. 年度別 妊娠率、生産率、多胎率
学会が発表するデータの中でこのグラフが一番重要なグラフで、このグラフの中に日本のARTの歴史と実際がすべて含まれていると考えています。しかし、2021年まで公開されていたこのグラフが2022年の学会資料には載っていなかったので、今回のグラフは、元データから自分で数値を計算して2022年分を付け加えて僕が作成したグラフになります。
これは、年度別の新鮮胚移植の妊娠率(胚移植あたり)、凍結融解胚移植の妊娠率(胚移植あたり)、採卵当たりの生産率、多胎率を示しています。この図を見ると、体外受精(ART)の歴史が見てとれます。体外受精が始まった初期には、妊娠率を上げるために複数の胚(2個以上)を移植していました。そのため多胎率は15%以上でした(体外受精で妊娠する約6人に一人が多胎妊娠)。多胎妊娠はハイリスク妊娠のため、元気な赤ちゃんを無事に出産する確率は単胎妊娠より低くなってしまいます。
そのため、学会は2005年頃より多胎妊娠を減らすための検討を始め、ついにたとえ妊娠率が下がっても元気な赤ちゃんを出産できる可能性を上げることを目的に2008年に日本産科婦人科学会は生殖医療における多胎妊娠防止に関する見解として”生殖補助医療の胚移植において、移植する胚は原則として単一とする。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては、2胚移植を許容する”をいう勧告を発表しました。
この勧告のおかげで、多胎妊娠率は著しい減少をきたし、2022年においては最も多胎率が多かったころに比べると1/6程度にまで下げることができました。このことは、多胎による早産などで障害を持って生まれてくる赤ちゃんを大きく減らすことができたということを意味しています。
妊娠率は1個より複数個の胚を移植した方が高くなります。しかし、複数個の胚を移植すると多胎率が上がります。この勧告が出る前は移植周期に胚を5個戻した場合も、1個のみ戻した場合も1妊娠と扱われます。つまり勧告前の妊娠率はかなりの症例で複数の胚を移植しているかさ上げされた妊娠率になります。2008年の勧告のお陰で1個の胚での妊娠率が出てきたことで、本当の妊娠率が見えてきました。
そのことを踏まえて見ていただきたいのですが、凍結融解胚移植の成績は2008年前も現在も上昇しています。これは複数胚移植の禁止と同時期に新しい凍結技術の革新があり(Vitorification法)、単一胚移植による妊娠率の低下以上にVitrification法による妊娠率向上の寄与が高かったと考えます。一方、新鮮胚移植の成績は学会勧告前後から低下し近年十数年程度は妊娠率は横ばいとなっています。
現在では新鮮胚移植と凍結融解胚移植ではその妊娠率に大きな差がでており、2022年では約16%も凍結融解胚移植が高い成績となっています。
また、採卵当たりの妊娠率はここ十数年低下しており、2022年においては4.2%と低い数字を示しています。この数字をそのまま言葉にすると、採卵24回に1回しか妊娠しないという意味になります。実際にはそんなことはありません。採卵当たりの妊娠率は2007年から採卵時に全胚凍結を行った周期は含まれていないためです。つまり、2007年以降の”採卵あたりの妊娠率”は正確に言うと”新鮮胚移植を行った採卵周期の採卵当たりの妊娠率”を表しています。
このことを踏まえたさらなる考察もありますが、、、、
後半は少し難しい文章になってしまいましたが、2022年のデータを踏まえて私はこれからも卵巣予備力のある患者様には調節卵巣刺激を行い、できるだけ多くの卵子を採取し、基本的には凍結融解胚移植を行っていきたいと改めて思いました。
2024年9月2日に日本産科婦人科学会から、2022年に日本で行われた体外受精に関するデータが発表されました。日本において体外受精を行っている施設は学会に登録し認可された施設のみが行っています。認可された施設は、自施設で行った体外受精に関するデータを報告する義務があり、毎年そのデータを集計して公表しています。妊娠したのち出産までをフォローするため、2024年10月現在で入手できる最新のデータは2022年に行われたデータになります。